訳詞の必要性
2005.03.12 Saturday 00:18
実は私は20代前半までは外国語の歌が嫌いだった。
歌詞カードを読まないと何を歌っているのか分からない、日本語をきちんと歌わない日本語の歌も嫌いだった。
「意味の分からない歌を聴いて何が楽しいの?」と。
「大切な言葉をそんなふうに扱うなんて」と。
“歌”というのはメロディと歌詞と歌声が織りなすものだと思っていたから、そのうちの一つが欠けても私は許せなかった。
だから中国語や韓国語の歌を「意味わかんねー」と“聴かず嫌い”な人たちの気持ちがよく分かる。
だって10年ぐらい前の私と同じだから。
歌詞カードを読まないと何を歌っているのか分からない、日本語をきちんと歌わない日本語の歌も嫌いだった。
「意味の分からない歌を聴いて何が楽しいの?」と。
「大切な言葉をそんなふうに扱うなんて」と。
“歌”というのはメロディと歌詞と歌声が織りなすものだと思っていたから、そのうちの一つが欠けても私は許せなかった。
だから中国語や韓国語の歌を「意味わかんねー」と“聴かず嫌い”な人たちの気持ちがよく分かる。
だって10年ぐらい前の私と同じだから。
そんな私が英語の歌を聴き始め、その後中国語の勉強がてら中国語の歌を聴き始めた、というのはちょっと意外な展開だったかもしれない。
あるとき私は従弟の家でレンタルしてきたフェイ・ウォンの『恋のパズル』(原題:迷)というCDを聴いた。
一曲目の「我願意」を再生して王菲の歌が始まったとき、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
当時の私は中国語初学者も初学者、ほとんど歌詞の意味は聞き取れなかったけど、言葉の響きとわずかに聞き取れる「我願意為你」という歌詞と王菲の声にやられた。
曲が終わる頃、感動で手先と頭がしびれるような感覚に襲われしばらく動けなかった。
その日から私は王菲のファンになった。
当時はなんて歌っているのか知りたくて、日本語の歌詞翻訳を読んだ。歌詞を読むと音だけじゃなくて、その言葉が伝えようとしてるイメージがより鮮明になって歌の世界を満喫できた。
そう、たとえ言葉が分からなくても、歌詞の翻訳さえあればその世界を理解する手助けになると。
しばらく後、私は従弟に他の王菲のCDをMDに落とした物をあげた。そのとき従弟の反応はびっくりするぐらい薄かった。
「あんまり興味ないん?」
「ん~~、何言うてるか分かれへんねんもん」
えっ・・・・(゜ロ゜;)
あ、あんた普段聴いてるのスカパラとかゴンチチやん!
インストやん!!!
歌詞なんか別にどうでもええんちゃうのっ!?
でもなぁ、自分自身もそうだったし。。。
インストと意味が分からない歌モノとは違うのよね、きっと・・・・。
・・・_| ̄|○ ←ものすごい敗北感
こうやって「意味わかんない」で切り捨てられちゃうのかな。
乗り越えられる人と、乗り越えられない人がいるんだろうか・・・。
もちろん私にとって歌詞は“ただの音”じゃない。
言葉には“言霊”が宿っていると思っている。
だから言葉には、その言葉の意味を、きちんと伝える力を発揮して欲しいと思っている。
「自分には分からない言語だから」という理由でそれを拒む人たちにはどうすれば伝わるんだろう?
でも他人に伝える前に、自分自身が理解して、自らの血肉にしなくては相手に伝わるように伝えられないんじゃないか?
以前ある先生に言われたこと。
「他人を変えようと思うな、自分が変わればいい」
そんなわけで自分が好きな歌の歌詞をノートに手書きで書き写して、単語の意味調べをして逐語訳していくことをはじめた。
私自身他人の訳詞を読んだだけで、深いところで意味が分かっていないのに、他人に説明することは不可能だから。
初学者の私が辞書を頼りに外国語の言葉の意味を自分で分かるように、自分の身体の中に入れ込んでいく作業は難しかった。
それに私は基本的に中国語は中国語として自分の身体の中に入れるようにしていたから、それを日本語に訳出するのが本当に困難だった。
もう、中国語の問題じゃなくて日本語のボキャブラリーの問題になってくる。
張惠妹のサイトA*mei-projectをやり始めてからは、「これで本当に伝わるか?」と自問自答しながら何回も推敲を重ねてますが、それでも本当に伝え切れているかどうか・・・。
まあ「あれ?私が思ってたのと違うな」というのがあれば、ご自分で訳出してもらえばそれでもいいかなと。私自身そうだし。
もちろん音を聞いて、それでだけで好きになってくれる人がいればそれは嬉しいことだけど、「歌詞」「意味」というハードルを目の前にして躊躇してる人が、そのハードルを跳び越える一助になればと思ってやっている。
銭衝さんの通訳者銭衝の日記3月5日付記事翻訳者の“SOUL”。を読んで、そんなことを思い出した。
でもねぇ、うちのサイト延べ数だけど183曲も訳してる※のに、Yahoo!へサイト移転報告のついでに「紹介文句に“訳詞”っていれてください」って書いたら断られたんですよ(T-T)。
※追記:延べ数を書きましたが、ベストアルバムがあるので正確には78曲訳してました。
あるとき私は従弟の家でレンタルしてきたフェイ・ウォンの『恋のパズル』(原題:迷)というCDを聴いた。一曲目の「我願意」を再生して王菲の歌が始まったとき、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
当時の私は中国語初学者も初学者、ほとんど歌詞の意味は聞き取れなかったけど、言葉の響きとわずかに聞き取れる「我願意為你」という歌詞と王菲の声にやられた。
曲が終わる頃、感動で手先と頭がしびれるような感覚に襲われしばらく動けなかった。
その日から私は王菲のファンになった。
当時はなんて歌っているのか知りたくて、日本語の歌詞翻訳を読んだ。歌詞を読むと音だけじゃなくて、その言葉が伝えようとしてるイメージがより鮮明になって歌の世界を満喫できた。
そう、たとえ言葉が分からなくても、歌詞の翻訳さえあればその世界を理解する手助けになると。
しばらく後、私は従弟に他の王菲のCDをMDに落とした物をあげた。そのとき従弟の反応はびっくりするぐらい薄かった。
「あんまり興味ないん?」
「ん~~、何言うてるか分かれへんねんもん」
えっ・・・・(゜ロ゜;)
あ、あんた普段聴いてるのスカパラとかゴンチチやん!
インストやん!!!
歌詞なんか別にどうでもええんちゃうのっ!?
でもなぁ、自分自身もそうだったし。。。
インストと意味が分からない歌モノとは違うのよね、きっと・・・・。
・・・_| ̄|○ ←ものすごい敗北感
こうやって「意味わかんない」で切り捨てられちゃうのかな。
乗り越えられる人と、乗り越えられない人がいるんだろうか・・・。
もちろん私にとって歌詞は“ただの音”じゃない。
言葉には“言霊”が宿っていると思っている。
だから言葉には、その言葉の意味を、きちんと伝える力を発揮して欲しいと思っている。
「自分には分からない言語だから」という理由でそれを拒む人たちにはどうすれば伝わるんだろう?
でも他人に伝える前に、自分自身が理解して、自らの血肉にしなくては相手に伝わるように伝えられないんじゃないか?
以前ある先生に言われたこと。
「他人を変えようと思うな、自分が変わればいい」
そんなわけで自分が好きな歌の歌詞をノートに手書きで書き写して、単語の意味調べをして逐語訳していくことをはじめた。
私自身他人の訳詞を読んだだけで、深いところで意味が分かっていないのに、他人に説明することは不可能だから。
初学者の私が辞書を頼りに外国語の言葉の意味を自分で分かるように、自分の身体の中に入れ込んでいく作業は難しかった。
それに私は基本的に中国語は中国語として自分の身体の中に入れるようにしていたから、それを日本語に訳出するのが本当に困難だった。
もう、中国語の問題じゃなくて日本語のボキャブラリーの問題になってくる。
張惠妹のサイトA*mei-projectをやり始めてからは、「これで本当に伝わるか?」と自問自答しながら何回も推敲を重ねてますが、それでも本当に伝え切れているかどうか・・・。
まあ「あれ?私が思ってたのと違うな」というのがあれば、ご自分で訳出してもらえばそれでもいいかなと。私自身そうだし。
もちろん音を聞いて、それでだけで好きになってくれる人がいればそれは嬉しいことだけど、「歌詞」「意味」というハードルを目の前にして躊躇してる人が、そのハードルを跳び越える一助になればと思ってやっている。
銭衝さんの通訳者銭衝の日記3月5日付記事翻訳者の“SOUL”。を読んで、そんなことを思い出した。
でもねぇ、うちのサイト延べ数だけど183曲も訳してる※のに、Yahoo!へサイト移転報告のついでに「紹介文句に“訳詞”っていれてください」って書いたら断られたんですよ(T-T)。
※追記:延べ数を書きましたが、ベストアルバムがあるので正確には78曲訳してました。










comments
日記興味深く拝見しました。
いろいろと思う所がたくさんあって、「うんうん、そうですよね」と
いう感じです。
私が洋楽を聴き始めたのは中学の頃、でもやっぱり歌詞がわからなくて
でも曲がすきだったので、ノートに英文の歌詞を書き写して
自分で訳してました。それで、もっとその曲に対する感じ方が深く
なるというか。教科としての英語は好きではなかったし、正直
得意でもなかったのですが、歌詞を日本語訳するのはすきでした。
最近、同じような状況でまた悩むことがでてきて、
つくづく訳詩の世界はむずかしいなと。まさに書いておられるように
日本語のボキャブラリー、英語のボキャブラリー、はては文化的な
面での知識の欠如と言うか、ほんとに深いです。
日本のある曲が好きだと言う外人がいたので、英訳をしたのですが
これがまた難しい。なにげなく聴いている歌詞を英訳しようとすると
該当する言い回しと言うか、文化的な面で対応するものを探さないと
いけない。結局「わけがわかりません」と言われてショックでした。
日本語で聴くとこんなにはっきりしてるのに、それを英語訳しようと
すると素直には行かない。文章というよりも文化の翻訳なのだなと。
ましてや、それを読む人が英語圏でない人であれば、ますますわけが
わからなくなる。
訳詞というのはほんとに難しい世界ですね。